
グローバルに大活躍しているTravis Japanのメンバー、七五三掛龍也さん。
愛らしい「姫ポジション」としてファンに癒やしを与える一方で、ステージに立てば卓越したダンススキルと男らしいパフォーマンスで観客を圧倒する素晴らしいタレントさんですね。
そんな彼の輝かしい姿を見て、どのような学生時代を過ごし、どのような道のりを経て今に至るのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、七五三掛龍也の学歴や経歴に関する情報を詳しく紐解き、彼のこれまでの歩みと隠された魅力を余すところなくお届けします。
- 小学校から大学までの詳細な学歴と学生時代のエピソード
- 約13年におよぶ下積み時代から世界デビューを果たすまでの芸能経歴
- 同期である松村北斗さんをはじめとする大切な仲間や先輩との特別な絆
- 私服のこだわりや愛用ブランド、お気に入りの香水などのプライベート情報
七五三掛龍也の学歴と経歴を徹底解説!
七五三掛龍也さんのこれまでの歩みを語る上で、学生時代と芸能活動の両立は欠かせないテーマです。まずは、彼がどのような学校に通い、どのようにしてTravis Japanのメンバーとしての基盤を築いていったのか、その学歴と経歴のディテールに迫ってみましょう。
七五三掛龍也の小学校と中学校時代の姿
七五三掛龍也さんは、茨城県古河市にある古河市立古河第五小学校の出身です。小学生の頃は野球チームに所属しており、ポジションはピッチャーとショートを務めていました。
運動神経が抜群で、明るく優しい性格だったことから、当時から周囲に「芸能人みたいだね」と言われるほど学校内でも目立つ存在だったそうですよ。彼がダンスに興味を持ち始めたのは小学6年生の頃。
その後、古河市立古河第一中学校へ進学すると、憧れのHey! Say! JUMPの影響を受けて本格的にダンスレッスンに励むようになります。
そして中学1年生だった2009年2月15日、KAT-TUNのファンだったお母さんの影響で赤西仁さんに強く憧れるようになり、自ら履歴書を送ってオーディションに合格。
見事にジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)への入所を果たしました。
オーディションが終わったその足で「ザ少年倶楽部」の収録に向かい、TOKIOのバックダンサーとしていきなりセンターで踊ったという伝説的なエピソードも残されています。なお、中学を卒業するタイミングで、ご家族で栃木県へと引っ越しをされています。

七五三掛龍也が通った通信制の高校時代
中学卒業後、本格化する芸能活動と学業をしっかり両立させるため、七五三掛龍也さんは通信制・単位制の課程があるクラーク記念国際高等学校へ進学しました。
この高校への入学を機に、実家を離れて単身で上京するという大きな決意をされています。高校生活は、のちに同じグループのメンバーとなる松田元太さん、松倉海斗さん、中村海人さん、宮近海斗さんといった心強い後輩たちと同じ校舎で過ごすことになり、学年が違ってもお互いに支え合える非常に温かい環境だったようです。
高校2年生の夏にあたる2012年7月、世界的な振付師であるトラヴィス・ペイン氏のレッスンを受けたことをきっかけに、実力派ユニット「Travis Japan」の結成メンバーに大抜擢されます。
学業とレッスンの両立は想像以上にハードだったはずですが、この通信制高校での柔軟な学びのスタイルがあったからこそ、現在の卓越したパフォーマンス力の基盤を徹底的に磨き上げることができたと言えそうです。

【暗黒期の葛藤】相次ぐ脱退とグループの危機。可愛い「姫」のオモテとウラに秘めた絶対に折れない男気
高校2年生でTravis Japanの結成メンバーに選ばれ、華々しいキャリアをスタートさせた七五三掛さんですが、その後のJr.としての経歴はまさに波乱万丈でした。
グループは結成後、メンバーの相次ぐ脱退や激しい再編成に見舞われ、一時は結成時の半分近くの人数にまで減少。「グループが空中分解するかもしれない」という、精神的にも最も過酷な暗黒期を経験しているのです。
【「しめちゃん」が流した涙と、前を向いた覚悟】
普段は周囲を和ませる「愛され姫キャラ」の七五三掛さんですが、メンバーが去っていく現実に直面した際、一度だけ自分の部屋で大泣きしたことを後に明かしています。
しかし、彼はそこで腐るどころか、残ったメンバーと肩を寄せ合い、「絶対にこのグループを守り抜いて、全員でデビューする」と誰よりも強いハングリー精神を燃やしました。
SNSやファンの間では「しめちゃんは見た目こそ天使みたいに可愛いけれど、中身は誰よりも男らしくて負けず嫌いな熱い男」「一番苦しい時期を支え続けた功労者だからこそ、今の7人体制への愛着が人一倍強いのが伝わってくる」と熱く語られています。
この高校・Jr.時代に経験した挫折と、そこから這い上がった泥臭い経歴こそが、彼のパフォーマンスに圧倒的な説得力をもたらしているのです。
七五三掛龍也の城西国際大学での歩み
高校を卒業した七五三掛龍也さんは、2014年4月に城西国際大学 メディア学部(映像芸術コース)へ進学しました。
この学部は表現者やクリエイターとしての専門知識を学べる場所で、先輩であるSnow Manの佐久間大介さんや目黒蓮さんも在籍していたことで知られています。大学に合格した際には、ラジオ番組を通じてファンに嬉しそうに報告してくれる一幕もありました。
大学卒業に関しては、本人がブログなどで報告した記録がある一方で、ネット上には「多忙を極める中で在学中なのか中退したのか、はっきりとした情報がない」とする説も一部で見受けられます。
Travis Japanとしての活動が急激に本格化していく時期と重なっていたため、非常に厳しいスケジュールの中で学業に取り組んでいたことは間違いありません。ファンの間では、彼が最後まで自分自身の夢と学業に真摯に向き合っていた姿が高く評価されています。
知っておきたいキャンパスライフ豆知識
城西国際大学のメディア学部では、映像制作や舞台表現、セルフプロデュースといったエンターテインメントに直結する講義が多く展開されています。ここで学んだ視覚表現のノウハウが、現在の彼の振付やステージ演出の分析眼にも大きく活かされているのかもしれませんね。

大学での学びが覚醒させた才能!Travis Japanの楽曲を彩る「コレオグラファー(振付師)」としての経歴
城西国際大学のメディア学部で表現や映像芸術を学んだ七五三掛さん。
その学歴は、単なる卒業の肩書だけに留まらず、現在のアーティスト活動において「コレオグラファー(振付師)」としての才能を開花させる決定的な基盤となりました。彼はグループ内でも、松田元太さんと並んで数多くの楽曲の振付をプロデュースしています。
【ファンを熱狂させる「しめ振付」の魅力】
彼が手掛ける振付(『VOLCANO』や『Love Affair』など)は、大学で学んだ舞台表現や視覚効果のロジックが美しく反映されています。
フォーメーションの移動の美しさはもちろんのこと、歌詞の世界観やメンバー個々の最大の魅力をどう見せれば観客の視線を奪えるか、というセルフプロデュース力の高さがプロのダンサーからも絶賛されているのです。
ネットの口コミでも「しめちゃんの振付は、あざとかわいい曲からバキバキにクールな曲まで振り幅が天才的」「大学で映像芸術を専攻していたからこそ、カメラにどう映るかまで計算し尽くされている」と評判です。
学業で身につけた理論と、13年の下積みで培った実戦のセンス。これらが融合した唯一無二の経歴が、現在のTravis Japanのクリエイティブを強固に支えています。
七五三掛龍也の入所日と同期の深い絆
七五三掛龍也さんの入所日は2009年2月15日です。この日、同じオーディション会場で汗を流し、共に合格を勝ち取った同期メンバーには、SixTONESの松村北斗さんをはじめ、岸優太さん、髙地優吾さん、吉澤閑也さんらが名を連ねています。
特に松村北斗さんとの出会いは、まさに運命的と呼べるものでした。オーディションのダンス審査の際、偶然にも隣同士で踊っていたのがお互いの最初の出会いだったそうです。
13歳という多感な時期に同じスタートラインに立ち、それぞれ別のグループで長い下積み時代を送りながらも、切磋琢磨してきた二人の絆は特別なものです。
2021年に公開された映画『ライアー×ライアー』では、松村さん演じる主人公の親友役として七五三掛さんが出演し、念願のスクリーン共演を果たしました。本人が「同期との運命的な共演を心の底から楽しみにしていた」と歓喜のコメントを残したほど、お互いを認め合う強い信頼関係で結ばれています。

七五三掛龍也の経歴を彩るドラマや舞台
約13年という非常に長いJr.時代(下積み)を乗り越え、2022年10月28日に配信シングル『JUST DANCE!』でジャニーズ史上初となる全世界メジャーデビューを果たした七五三掛龍也さん。
グループとしてのダンスパフォーマンスはもちろん、近年は実力派の俳優としてもその頭角を現しています。彼のこれまでの主な出演実績を整理してみました。
| 区分 | 作品名・番組名 | 放送・上演時期 | 役名・役割 |
|---|---|---|---|
| テレビドラマ | BAD BOYS J | 2013年4月 – 6月 | 見城樹 役(役者デビュー作) |
| テレビドラマ | 49 | 2013年10月 – 12月 | 増山海斗 役 |
| テレビドラマ | 私たちが恋する理由 | 2024年10月 – 12月 | 坂元凌 役 |
| 映画 | ライアー×ライアー | 2021年2月公開 | 親友・祐樹 役 |
| 舞台 | PLAYZONE2009 太陽からの手紙 | 2009年7月 – 8月 | 初舞台出演 |
| 舞台 | ダブリンの鐘つきカビ人間 | 2024年7月 | 主演・カビ人間 役(吉澤閑也とW主演) |
| 舞台 | ハロルドとモード | 2025年9月 – 10月 | ハロルド 役(黒柳徹子さんの相手役) |
特に、ドラマ『私たちが恋する理由』で演じた「坂元凌」役は、優しすぎて「良い人」で終わってしまいがちな不器用なオフィスワーカーを等身大で好演し、多くの視聴者の胸をキュンとさせました。
また、舞台でも外部作品の名作で主演を務めるなど、感情豊かな演技力は業界内からも非常に高い評価を得ています。
キャリア最大の決断!ロサンゼルス無期限留学で掴み取った「世界基準のシンクロ率」
七五三掛さんの芸能経歴を語る上で、2022年3月から敢行された米国ロサンゼルスへの無期限ダンス留学は、避けて通れない最大のターニングポイントです。
日本でのレギュラー番組や安定した活動をすべてストップし、7人全員で一軒家での共同生活を送りながら、ダンスの技術を世界基準へとアップデートする過酷な挑戦でした。
現地での生活は甘いものではなく、言葉の壁やカルチャーショックに直面し、時にはメンバー間で激しい意見のぶつかり合いもありました。
七五三掛さんがプチ家出して外で星を見て心を落ち着かせた、というファンお馴染みの愛らしい裏話もありますが、そうやって本音をぶつけ合ったからこそ、あの「ステップの着地音まで一致する」超人的なシンクロダンスが完成したのです。
世界的なダンス大会「World of Dance」で全米4位、世界9位という輝かしい経歴を引っ提げ、Capitol Recordsからの全世界メジャーデビューをもぎ取った彼ら。
SNSでは「日本での地位を捨てて裸一貫で海を渡ったしめちゃんたちの覚悟に震えた」「海外の並み居る強豪の中で、笑顔を絶やさずクラウド・フェイバリット賞(観客賞)をかっさらっていく姿は本物のスター」と、その不屈のドキュメンタリーに今も多くのファンが涙しています。
七五三掛龍也の学歴や経歴と隠された素顔
ここまでは七五三掛龍也さんのオフィシャルな学歴やキャリアの軌跡にフォーカスしてきましたが、彼の本当の面白さは、誰もが引き込まれてしまうその「圧倒的なギャップ」と「独自のこだわり」にあります。
ここからは、ファンを惹きつけて離さない彼のプライベートな一面や愛用品について、さらに詳しく見ていきましょう。
七五三掛龍也の珍しい名字のルーツと家族
まず誰もが目を引かれるのが「七五三掛(しめかけ)」という非常に珍しい名字ですよね。実はこの名字、日本全国に約340人程度しか存在しない極めて希少な名前なんです。
主なルーツは千葉県や茨城県などの北関東エリアにあり、本人が「茨城県で生まれ、栃木県で育った」という地域的なルーツとも見事に合致しています。
ネット上では「実家がかなり裕福な名家なのではないか」という噂が飛び交うこともありますが、それを裏付けるような公的な情報は存在しません。正確な実家の情報については公式に非開示となっています。
しかし、ご両親や妹さんを大切にする感受性豊かなお人柄を示すエピソードはたくさん知られています。親戚や知人の結婚披露宴などで、両親への感謝の手紙の朗読や、生まれた時の体重と同じ重さのお米を贈る演出を見て「なんてすてきなんだろう」と心から感動して涙を流してしまうほど、心の優しい心の温かい持ち主なんです。
趣味は一人カラオケで、ステイホーム期間中には独学でコードを覚えてギターを夜な夜な弾き語りするなど、ストイックでありながらも自分の世界を大切にする一面もあります。
メンバーの松倉海斗さんとは夜から翌日の昼過ぎまでオンラインで脱出ゲームをやり続けるほど熱中しやすい性格でもあります。将来についても「還暦の60歳になっても大好きな仕事をして、楽しく元気に過ごしたい」という長期的なビジョンを語っており、ファン思いで誠実な姿勢がずっとブレないのも彼の魅力ですね。
七五三掛龍也の私服センスと愛用ブランド
七五三掛龍也さんは、ジャニーズJr.時代からファッションセンスがずば抜けて高いことでも有名です。彼のワードローブの中でも特別な位置を占めているのがMARNI(マルニ)です。
世界メジャーデビューを果たした記念に、自分への最初のご褒美として購入したのがMARNIのコートだったそうで、今でも非常に大切に着用し続けています。
2024年の公式Instagramの投稿でもMARNIのシャツを着たおしゃれな私服姿を披露しており、2025年秋には伊勢丹新宿店で開催された新作イベントのレセプションに招待されるなど、そのブランドへの愛着がオフィシャルなお仕事へと結びついています。
さらに、レディースアイテムとしての印象が強いMiu Miu(ミュウミュウ)のアイテムをジェンダーレスに私服に取り入れることも多いです。周囲に愛用する男性が少なかったからこそ、「男性でもこんなに洗練されたスタイルで着こなせるんだよ」ということを提示したいという、高い表現者としての美学を持ってファッションを楽しんでいます。
また、2025年秋にはSTAR JEWELRY(スタージュエリー)のホリデーコレクション「RETURN TO LOVE」のイメージキャラクターに起用されるなど、上品でジェンダーレスな美しさが多方面から引っ張りだこになっています。
七五三掛龍也が愛用するお気に入りの香水
ファッションだけでなく、彼が身にまとう「香り」にも並々ならぬこだわりが詰まっています。ファンの間でも広く知られている愛用のフレグランスが、ドジバンシイ ギャルソン マンケ(オーデパルファム)です。
この香水は、伊勢丹新宿店などのごく限られた店舗やブティックでしか取り扱いのない、非常に希少価値の高いプレミアムラインの商品です。
甘さの中にどこか深みと気品を感じさせる「金木犀(オスマンサス)」をベースにした高貴なユニセックスの香りで、まさに彼自身の中性的な美貌と、芯のブレない力強さを見事に体現したような香りとなっています。
過去にはアパレルブランド「ANEVER」のアンバサダーを務めた際に、限定フレグランスの開発プロモーションにも関わっており、香りのプロデュース力や表現力の高さもファンの間で常に話題となっています。
ドジバンシイ ギャルソン マンケの特徴
「おてんば娘」や「ボーイッシュな女性」という意味を持つこの香水は、レザーのクールな質感の中にアプリコットや金木犀のフェミニンな甘さが溶け込む、非常に洗練されたジェンダーレスな香りです。
まさに彼の「あざとかわいさ」と「男らしいギャップ」を演出するのにぴったりの逸品ですね。
七五三掛龍也の学歴にまつわる噂の真相
ネット検索で「七五三掛龍也 学歴」と調べると、学業以外の思わぬ経歴やエピソードがサジェストされることがあります。その一つが、彼の並々ならぬ美容への執念です。
現在、発光するような美肌を保ち、ファンからも「30代直前とは思えない透明感!」と称賛されている彼ですが、実は高校時代に経験した深刻な肌荒れが、美容に目覚める直接のきっかけでした。
お母さんからのアドバイスを頼りにスキンケアを熱心に学び始め、単なるケアの枠を超えて体系的な知識を身につけるために、難関とされる「日本化粧品検定2級」を見事に取得されました。
単なる外見の美しさを求めるだけでなく、自分の悩みを克服するために勉強を重ね、資格という形で仕事に結びつけていくストイックな姿勢こそが、彼の隠された最大の魅力であり、経歴を語る上で欠かせない美学となっています。
なお、学歴に関する細かな卒業情報やプライベートな活動状況については、事実と異なる噂がネット上で飛び交うこともあるため、不確かな情報に惑わされず、正確な情報は本人の公式ブログや所属事務所の公式サイトなどの公式アナウンスをご確認いただくことをおすすめします。
まとめ:七五三掛龍也の学歴や経歴の軌跡
ここまで、Travis Japanの愛されメンバーである七五三掛龍也さんの学歴や経歴、そしてファンを虜にする数々の魅力的なエピソードを余すことなくお届けしてきました。
地元である茨城県や栃木県での少年時代、学業と芸能活動の両立を目指して進学した通信制の高校、そして自身の表現力を磨き上げた大学生活など、彼のすべての選択が今の素晴らしいパフォーマンスへと確実に繋がっています。
約13年という非常に長い下積み期間を経ても腐ることなく、世界的なデビューを勝ち取った粘り強さと、誰もが憧れる美容検定の取得、そして唯一無二の私服センス。
どれをとっても彼のたゆまぬ自己研鑽の賜物ですね。年齢を重ねて大人の色気も増してきた彼が、これから先どのような新しい景色を私たちに見せてくれるのか、一ファンとして目が離せません。これからもみんなで「しめちゃん」の素晴らしい活躍を全力で応援していきましょう!
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