
近江谷杏菜さんの経歴や魅力について知りたいけれど、情報が多すぎてどこからチェックすればいいか迷っていませんか。
20歳で挑んだバンクーバー五輪での挫折から、16年の時を経て再び夢の舞台であるミラノ五輪への切符を掴んだ彼女の姿は、多くのアスリートやファンに希望を与えています。
インスタグラムで見せる菜食主義へのこだわりや、父や妹といった家族との絆など、氷上の顔とはまた違った一面も気になるところですよね。
この記事では、彼女の歩んできた道のりと、長く愛され続ける理由をわかりやすくお伝えします。最後まで読めば、彼女を応援したくなる理由がきっと見つかるはずですよ。
- ジュニア時代から現在に至るまでの波乱万丈な競技人生
- 16年という長い歳月を経て五輪復帰を果たした驚異の継続力
- パフォーマンスを支えるビーガン食生活や独自のライフスタイル
- 父娘二代のオリンピアンとして受け継がれるカーリングのDNA
近江谷杏菜の経歴と魅力に迫る
日本を代表するカーラーとして長年活躍を続ける近江谷杏菜さん。まずは、彼女がどのようにして「氷上の聖地」で育ち、スター選手への階段を駆け上がっていったのか、その軌跡を辿ってみましょう。
父と妹もカーラー!常呂町で育った才能
近江谷杏菜さんは、カーリングの聖地として知られる北海道北見市常呂町の出身です。実は、彼女の家族はまさにカーリング一家。
お父さんの近江谷好幸さんは1998年長野五輪の日本代表ですし、妹の七海さんも実力派のカーラーとして知られています。
まさにサラブレッドとして生まれた彼女ですが、競技を始めたのは小学4年生の時。父や姉の影響を受け、自然と氷の上に立つようになったそうです。12歳で日本ジュニア選手権を制するなど、早くからその才能を現していました。
お父さんの好幸さんは、娘の不調な時も静かに見守り、技術だけでなくアスリートとしての振る舞いを背中で教えてきた素敵なコーチでもあるんですよ。
チーム青森での活躍とバンクーバー五輪
高校卒業後の2008年、彼女は当時日本女子のトップチームだった「チーム青森」に電撃加入します。サードという重要なポジションを任され、20歳の若さで2010年バンクーバー五輪の舞台に立ちました。
しかし、ここで大きな試練が訪れます。大会途中で極度の不振に陥り、後半戦はスタメンを外れるという悔しい経験をしました。華やかなデビューの裏側で、自分自身の無力さを痛感した時期でもあったようです。
それでも青森市役所で働きながら、彼女は一歩ずつ前を向き続けました。
フォルティウス移籍と日本選手権優勝
2014年、彼女は大きな決断をしました。青森市役所を退職し、故郷の北海道を拠点とする「フォルティウス(当時は北海道銀行フォルティウス)」に移籍したんです。
ここではリードという新しい役割にも挑戦し、ショットの正確性を磨き上げました。2015年、2021年と日本選手権で優勝を果たし、チームの柱として欠かせない存在へと成長しました。
どんなに環境が変わっても、自分自身のスタイルを再構築していく姿は本当にかっこいいですね。
| 年 | 大会名 | 成績 |
|---|---|---|
| 2008年 | 日本選手権 | 優勝(チーム青森) |
| 2010年 | バンクーバー五輪 | 8位 |
| 2015年 | 日本選手権 | 優勝(フォルティウス) |
| 2021年 | 日本選手権 | 優勝(フォルティウス) |
| 2025年 | 日本選手権 | 優勝(フォルティウス) |
16年ぶりのミラノ五輪復帰への軌跡
そして2025年、カーリング界が騒然とするニュースが飛び込んできました。日本選手権で優勝を飾り、2026年ミラノ・コルティナ五輪の日本代表に内定したのです。バンクーバーから実に16年。
30代半ばとなった彼女が再び世界の舞台へ返り咲いたことは、スポーツ界でも類を見ない快挙と言えます。不振やスポンサー撤退の危機など、何度も訪れた壁を乗り越えて掴み取った夢舞台。
彼女の表情からは、20歳の時とは違う、落ち着いた自信と競技を楽しもうとする強さが感じられます。
世界を驚かせるパワフルなショット
彼女のプレーで一番の魅力といえば、やはりパワフルなテイクアウトショットでしょう。父譲りの体格を活かし、ハウス内に溜まった相手の石を豪快に弾き飛ばす姿は圧巻です。
一方で、現在はリードとしてミリ単位の精度が求められる「ドローショット」でも高い成功率を誇っています。この「剛」と「柔」の使い分けこそが、世界トップクラスの選手とも渡り合える理由なんですね。
バックエンドでの経験を活かした冷静な指示出しも、今のチームには欠かせない武器になっています。
近江谷杏菜の経歴が生み出す魅力
競技の実績はもちろんですが、近江谷杏菜さんが多くの人を惹きつけてやまないのは、その独特なライフスタイルや人間性にあります。ここからは、彼女の内面に深く迫っていきましょう。
ビーガン生活で磨かれた究極の肉体
近江谷さんは、アスリートとしては珍しいビーガン(プラントベース)の食生活を10年以上続けています。
きっかけは環境問題や動物倫理への関心だったそうですが、実際に始めてみると「翌朝の目覚めが良くなった」「疲労回復が早い」といった驚きの変化があったとか。
専門的な栄養学も英語で学んでいて、自分自身の体を使ってその効果を証明しているのが凄いです。彼女の透明感のある肌や、年齢を感じさせない力強い動きは、この徹底したセルフマネジメントから生まれているんですね。
ビーガン食生活のメリット(本人の体感)
- 翌朝の目覚めが劇的に良くなる
- 激しい練習後も疲れが残りにくい
- 心が穏やかになり、試合中も冷静でいられる
※食事の効果には個人差があります。健康上の理由で食事制限を検討される場合は、必ず管理栄養士や医師などの専門家にご相談くださいね。
インスタで発信する等身大のメッセージ
彼女のインスタグラムを覗いてみると、カーリングのことはもちろん、美味しそうな菜食メニューや仲間との日常が温かい言葉で綴られています。
決して気取らず、時には負けた時の悔しさも率直に明かしてくれる。そんな等身大のコミュニケーションが、ファンとの距離を縮めているポイントかなと思います。
2025年の年始には「1日1日は自分自身との勝負」と綴っていて、そのストイックな決意に背中を押されたファンも多いはず。彼女のポジティブなエネルギーが画面越しに伝わってきます。
ファンの心を打つ不屈の精神と人間性
16年も第一線で走り続けることは、並大抵の努力ではありません。彼女の魅力は、何といっても「自分を更新し続ける力」にあると感じます。
若くして経験した五輪での挫折を、単なる悲劇で終わらせず、長い時間をかけて強さに変えてきた。その粘り強さが、今の彼女の落ち着いた輝きを作っているのでしょう。
誰に対しても誠実で、チームの勝利のために自分ができることを全力で探す献身的な姿勢も、多くのスポンサーやファンに支持される理由ですね。
フォルティウスを支えるベテランの統率力
現在の所属チーム「フォルティウス」では副キャプテンを務めています。チームが存続の危機に立たされた際も、彼女は先頭に立って奔走しました。
スキップの吉村紗也香さんが産休の間は、慣れない役割もこなしながらチームを支え続けたんです。
ベテランとしての技術的な安定感はもちろん、メンバーが伸び伸びとプレーできる環境を作る精神的な支柱としての役割は、数字以上の価値があるかなと思います。
彼女がいるからこそ、今の強いフォルティウスがあると言っても過言ではありません。
父の背中を追った親子二代の五輪代表
父・好幸さんと娘・杏菜さん。この親子二代での五輪代表入りは、日本のスポーツ界でも本当に稀なケースです。彼女にとってお父さんは、憧れの存在であり、一番厳しい目を持つコーチでもありました。
妹の七海さんも含め、家族全員がカーリングという競技を通じて固い絆で結ばれているのが素敵ですよね。
遠征先から両親に感謝を伝える彼女の投稿を見ると、温かい家庭で育った素直な人柄が伝わってきて、ついつい応援に熱が入ってしまいます。
SNSやネット上では、家族に関する様々な噂が出ることもありますが、正確な情報は選手本人の発信や公式サイトを確認するのが一番安心ですよ。
近江谷杏菜の経歴と魅力のまとめ
ここまで見てきたように、近江谷杏菜さんの経歴と魅力は、単なるスキルの高さだけではなく、16年もの間、決して諦めずに自分を磨き続けてきた「不屈の精神」に集約されています。
20歳での挫折から、36歳で迎えるミラノ五輪への再挑戦。その歩みは、人生に「遅すぎることはない」ということを私たちに教えてくれている気がします。
ビーガンという独自の道を切り拓き、家族や仲間に支えられながら再び氷の上に立つ彼女。2026年、イタリアの舞台で満開の笑顔を見せてくれるのが、今から楽しみでなりません。
これからも、進化を止めない彼女の姿を全力で追いかけていきたいですね!
コメント