
かつて「かおる姫」として日本中を熱狂させた元バレーボール選手の菅山かおるさんですが、その輝かしい経歴や魅力について改めて知りたいという方も多いのではないでしょうか。
当時のバレーボール界を席巻した彼女も現在は40代後半を迎え、結婚した旦那様である西村晃一さんやイケメンと話題の子供さんとの生活をインスタグラムなどで発信されています。
この記事では、インドア時代からビーチバレー転向後の活躍、そして現在の美しい姿まで、菅山かおるさんに関する情報を余すことなくリサーチしました。
- 169cmという小柄な体格で世界と戦ったインドア時代の凄さがわかる
- 「かおる姫」と呼ばれた当時の熱狂やビーチバレー転向の裏側を振り返る
- イケメン息子や夫の西村晃一さんとの仲睦まじい現在の私生活を知れる
- 40代後半になっても変わらない美貌と現在の活動拠点をチェックできる
菅山かおるのバレー経歴と輝く魅力
ここでは、日本のバレーボール界に鮮烈な印象を残した菅山かおるさんの、アスリートとしての歩みと多くのファンを惹きつけてやまない理由について深掘りしていきます。
菅山かおるのプロフィールと身長や愛称
まずは、菅山かおるさんの基本的なプロフィールをおさらいしておきましょう。私たちがテレビで応援していたあの頃と変わらない情報もあれば、年齢を重ねてさらに深みが増した部分もあります。
| 名前 | 菅山 かおる(すがやま かおる) |
|---|---|
| 生年月日 | 1978年12月26日(47歳) |
| 出身地 | 宮城県岩沼市 |
| 身長 | 169cm |
| 血液型 | O型 |
| 愛称 | かおる姫、ユウ |
愛称の「ユウ」は、チームメイトから呼ばれていたコートネームです。一方、「かおる姫」はメディアやファンから親しみを込めて呼ばれていた愛称ですね。
身長169cmというのは、一般女性としては長身の部類に入りますが、大型化が進む世界のバレーボール界においては非常に小柄な部類に入ります。
それでも彼女がトップアスリートとして活躍できた背景には、持ち前の運動神経と努力があったことは間違いありません。宮城県出身ということもあり、東北人らしい粘り強さも彼女の魅力の一つだったのかもしれませんね。
全日本リベロとしての活躍とレシーブ賞
菅山かおるさんの経歴を語る上で絶対に外せないのが、インドアバレーボール時代の実績です。特にJTマーヴェラス時代や全日本代表としての活躍は、今でもファンの語り草になっています。
彼女の最大の武器は、なんといってもその鉄壁の守備力でした。アタッカーとしては小柄だった彼女ですが、そのハンデを補って余りある反射神経と読みの鋭さで、リベロというポジションで才能を開花させました。
ここが凄い! 2005年の第11回Vリーグでは、見事に「レシーブ賞」を受賞しています。これは人気投票ではなく、サーブレシーブ成功率などの数字に基づいた実力の証明です。
「かおる姫」という華やかなルックスばかりが注目されがちでしたが、実は泥臭くボールを追いかける職人のような技術を持っていたんです。この「見た目の華やかさ」と「プレーの泥臭さ」のギャップこそが、彼女の本当の凄みであり魅力だったと私は思います。
ビーチバレー転向と浅尾美和との関係

インドアバレーボールを引退した後、菅山かおるさんは2009年にビーチバレーへの転向を発表し、世間を驚かせました。体育館から砂の上へ。環境が激変する中で、彼女は新たな挑戦を始めました。
当時、ビーチバレー界では「ビーチの妖精」こと浅尾美和さんが絶大な人気を誇っていました。メディアはこぞって「かおる姫 vs ビーチの妖精」という構図で報道し、二人のライバル関係を煽ったものです。
実際には、お互いにリスペクトし合うアスリート同士だったはずですが、テレビ番組『ジャンクSPORTS』などで共演した際には、バチバチとした雰囲気(演出もあったかもしれませんが)が視聴者を釘付けにしました。
特にペアを組んでいた浦田聖子さんと共に、浅尾・西堀ペアと戦った試合は、多くのファンの記憶に刻まれています。
かおる姫と呼ばれた由来と名付け親
そもそも、なぜ彼女は「かおる姫」と呼ばれるようになったのでしょうか?
実は、名付け親が誰なのか、明確な特定はされていないようです。ただ、当時フジテレビなどがバレーボール中継に力を入れており、アナウンサーの実況やメディアの報道の中で自然発生的に生まれた愛称だと言われています。
色白で整った顔立ちが、汗と涙のスポーツの現場において「お姫様」のように際立っていたことから、誰ともなくそう呼び始めたのかもしれません。
ただ、ご本人はこの愛称について、最初は少し照れくさいというか、戸惑いもあったかもしれませんね。それでも、このキャッチーな愛称があったからこそ、バレーボールに詳しくない層まで彼女の名前が浸透したことは間違いありません。
写真集発売などメディアでの人気ぶり
菅山かおるさんの人気はスポーツの枠を超え、アイドル並みの扱いを受けることもありました。その象徴とも言えるのが、写真集の発売です。
2009年にはファースト写真集『VOAR!』などが発売され、大きな話題となりました。アスリートの鍛え上げられた肉体美と、女性らしいしなやかさを兼ね備えた写真は、男性ファンだけでなく女性ファンからも憧れの対象となりました。
当時はアイドル的な人気が先行しすぎて、純粋に競技を見てもらえない苦悩もあったかもしれません。しかし、彼女はその注目を力に変えて、ビーチバレーの普及に大きく貢献しました。
現在の菅山かおるの経歴と続く魅力
現役を引退した後も、菅山かおるさんの人生は輝き続けています。ここでは、気になる結婚生活や、SNSで話題になっているお子さんのこと、そして現在の活動について紹介します。
結婚した旦那の西村晃一との夫婦仲
菅山かおるさんは、2011年にビーチバレー選手の西村晃一さんと結婚しました。西村晃一さんといえば、男子バレー界きってのイケメン選手であり、ビーチバレー界のパイオニア的存在です。
まさに美男美女のビッグカップル誕生でした!お二人はビーチバレーを通じて絆を深められたそうで、結婚後も公私ともに支え合っている様子が伝わってきます。現在でも、西村さんが代表を務める組織の活動に菅山さんが顔を出すなど、夫婦仲は非常に良好のようです。
アスリート同士だからこそ分かり合える部分も多いのでしょうね。理想的な夫婦像として、憧れるファンも多いです。
子供である息子のイケメン画像が話題
お二人の間には、2人の男の子がいらっしゃいます。そして今、このお子さんたちが「超イケメン!」とネットで大きな話題になっているんです。
菅山かおるさんのインスタグラムには、度々お子さんたちの写真がアップされるのですが、長男くんも次男くんも、パパとママの良いところを受け継いだ端正な顔立ちをされています。
SNSでの反応 「中学生にしてこの完成度!」「将来はモデルかバレー選手か?」といったコメントが多数寄せられており、ファンの間では既にアイドルのような人気ぶりです。
特に長男くんは身長も伸びてきているようで、ご両親のDNAを受け継いでバレーボールの道に進むのか、それとも別の道で才能を発揮するのか、将来が楽しみで仕方ありませんね。
現在のWINDSや西麻布での活動
現在は表立ったメディア露出は減りましたが、菅山かおるさんは夫の西村晃一さんが率いる「WINDS」という組織に関連した活動を行っているようです。
「WINDS」はビーチバレーの普及や選手育成を行う組織で、西麻布にある自社ビルには砂を敷き詰めたビーチ施設やトレーニングジム、さらには飲食店まで併設されているんだとか。また、渋谷の宮下パークにあるビーチコートの運営にも関わっています。
菅山さんが正式なスタッフとして常駐しているかどうかは定かではありませんが、イベントやアカデミーの活動などで、彼女の姿を見かけることがあるかもしれません。後進の育成や競技の普及に、陰ながら尽力されている姿も素敵ですよね。
インスタで見る現在の姿と変わらぬ美貌
「かおる姫」と呼ばれてから20年近くが経ちますが、菅山かおるさんの美貌は全く衰えていません。むしろ、年齢を重ねて大人の魅力が増しているようにさえ感じます。
彼女のインスタグラム(@sugayama_kaoru_)では、日々のライフスタイルやトレーニングの様子、家族との温かい時間が投稿されています。47歳(執筆時点)とは思えないスタイルの良さと、透明感のある肌は、同世代の女性にとって希望の星と言えるのではないでしょうか。
「美魔女」という言葉だけでは片付けられない、アスリートとしての健康的な美しさが、現在の彼女の最大の魅力です。
菅山かおるの経歴と色褪せない魅力
ここまで菅山かおるさんの経歴と魅力について見てきましたが、いかがでしたでしょうか。
インドア時代のリベロとしての鉄壁の守備、ビーチバレー転向後の新たな挑戦、そして母となり妻となった現在の幸せな姿。どの時代を切り取っても、彼女は全力で人生を駆け抜けているように見えます。
「かおる姫」という愛称は、単なる見た目の美しさだけでなく、そのひたむきな姿への称賛だったのかもしれません。これからも、菅山かおるさんの活躍と、素敵なご家族の様子から目が離せませんね!
※本記事の情報は執筆時点のものです。最新の活動状況や正確な情報については、ご本人の公式SNSや関連組織の公式サイトをご確認ください。
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